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2022年1月4日火曜日

北尾トロ仕事帖2021年12月 2021年ワタクシ的出来事10選

2021年もっとも面白かったノンフィクションは
萩尾望都「一度きりの大泉の話」

釘も打てる京極夏彦本

カモ猟でゴールデンレトリーバーの真価を体感

九州でジビエ三昧


長野はすっかり雪景色

 10位
日本大丈夫?の参院選
自公安泰、維新躍進ときたもんだ。
投票率も低くて、暗澹なる思いがした。

9位
佐伯泰英山脈に登頂
これまで未踏だった佐伯泰英本を
ダ・ヴィンチ連載で取り上げ、
居眠り磐音シリーズを完読。
日高トモキチ、編集K、編集Hも
それぞれの作品を読み、原稿にしたところ、
佐伯さん本人に読まれ、なぜか大変
喜ばれて著書が続々送られてくるように。
長年連載してるが、初めての経験って
まだまだあるんだなの実感を得た。

8位
なにかと信州
家族旅行、取材旅行、狩猟などで
再三信州を訪問。行き先は志賀高原の
山ノ内大勝軒と、長野市の八珍が
大半だけど、夏は2度の家族旅行の
どちらも行き先が信州だった。
どんだけ好きやねん

7位
電子タバコにチェンジ
数年ぶりで紙巻きから電子タバコに変更。
ひとりだとすぐ戻っちゃう気がして、
妹の誕生日プレゼントに電子タバコを送り
俺も変えるからお前も変えろと迫るも、
妹は一日に2,3本しか吸わず、
そろそろやめようかなあと思っていたらしく
戸惑われるばかりであった。

6位
和楽器バンドを聴きまくる
小学生のとき、僕が手を引いて
パフュームで武道館デビューを果たした
娘はいま櫻坂46に夢中。
もう連れ立ってライブ観に行くことも
ないだろう、とダメ元で誘ったら
10月の立川公演につきあってくれた。
娘と和楽器バンドにありがとう。

5位
編集Kがダ・ヴィンチ新編集長に
今年は和田靜香さん、川内有緒さんをはじめ
旧知の書き手が注目され、大いに刺激を受けた年だった。
僚友日高トモキチも小説家本格デビューしたし。
そんななか、創刊以来関わってきたダ・ヴィンチで
ここ10年以上担当してくれている編集Kこと
川戸崇央氏が同誌の6代目(だと思う)編集長に就任した。
気絶しそうになりながら真冬の青森でかまくら作り、
四国一周本屋遍路、出雲を出発点として本の歴史を辿る、
九州縦断お詫び旅行、無数の読書合宿、
コロナに負けねーぞ400メートルリレーなど、
バカな企画をともに考え実行してきた間柄である。
その男が編集長。今後とも
バカパワーを大切にして雑誌らしさを
キープオンしていって欲しい。

4位
単行本、2冊同時発行
4月末、ほぼ同時期に本を2冊出した。
年に2冊というのは
僕にとって理想のペースだ。
時期的なこともあって信州移住本は売れてないが、
ワンダフルはなんとか重版することができた。

3位
単行本、2冊同時進行
コロナ禍と勝手に戦ってる
つもりで信州へ、栃木へ行きまくった。
大勝軒TOKYOを率いる田内川真介氏、
大伸ワークサポートを率いる廣瀬伸恵氏の
取材がほぼ終わり、執筆に取り掛かっている。
ひとりの人間に絞り込んだ本を書く
王道ノンフィクションは初となる。
いずれも書き下ろしで
2022年発売の予定。

2位
鳥撃ち開眼?
2月の狩猟最終日にカモを2羽仕留めて
「あれ、なんか当たるなあ」と思い、
今シーズンはホシハジロだけど2羽的中。
どうもコツみたいなものがつかめているようで
ますます鳥撃ちが楽しくなってきた。
2013年の冬から9シーズン(1シーズンは休んだので実質8シーズン)目、
何事も進歩が遅く、いつまでも慣れず、
そのおかげで飽きにくいのが僕の特徴で、
狩猟もまた亀の歩みのように年々おもしろくなっている。
もう普通に人に言えるんじゃないかな。
「趣味は狩猟です」って。

1位
母の米寿祝い
遠く離れて暮らす母が88歳を迎え、
不肖の息子もなにか記念にしたいと思って、
妹とその娘、そしてその子ども(1歳)の
顔合わせを企画した。
まず僕が先に実家に戻り、
入れ替わりで3人が九州へ。
女4代が揃って10日ほど過ごした。
こんなことしかできないんだけど、
母を喜ばすことができて僕もハッピーだった。
いつまで元気でいてくれるかは神のみぞ知るところ。
僕にとっては母はこの世で特別な
誰とも比較ができない存在だとつくづく思った次第である。

仕事帖

12021.12月

<原稿>

・トロイカ学習帳 第166回

境界線突破!800ページ超えに文庫の常識が砕け散る

その厚み、煉瓦なの?鈍器なの?

(ダ・ヴィンチ2022.2月号 KADOKAWA)

・甘い、とろける、アナグマ最強!

(狩猟生活vol.10 山と渓谷社)

・地域活性の取り組みレポート10

ジビエは地域を救えるか 熊本県八代市の挑戦

(狩猟生活vol.10 山と渓谷社)

・「黒いの」を探し出せ!

(狩猟生活vol.11 山と渓谷社)

<ラジオ>

・「THE SEITARO RADIO SHOW1700」(FM NACK5)

2020年5月30日土曜日

「僕が20年ぶりに人ん家に泊まってわかったこと」発刊に際して

僕が20年ぶりに人ん家に泊まってわかったこと 

東京民泊エッセイ (文春e-Books) 

新刊をだした。
「僕が20年ぶりに人ん家に泊まってわかったこと 東京民泊エッセイ 」(文春e-Books)というタイトルだ。
*巻頭部分を立ち読みできます。文藝春秋BOOKS
**購入(キンドル版)ここをクリック

表紙は10年来の仕事仲間である日高トモキチ氏の描き下ろし。もとになった原稿は「別冊文藝春秋」に連載した「今晩泊めてくれないか」。タイトルを変え、いくつかコラムを追加した。

ただし、この本にはいつもと違うところがあるのだ。これまで、紙の本が電書化されたり、紙と電書が同時発売されることはあったけれど、今回は電子雑誌の「別冊文藝春秋」→電子書籍化と、一度も紙に印刷されることなく"本"になったのである。"本"というと紙のイメージが強いから"電書オリジナル"と呼ぶほうがいいかな。"本"が出たという言い方より、配信されたというのが正しいだろう。「別冊文藝春秋」は有料の小説誌で、連載時に読んでいた人は限定されていた。僕がこんな連載を持っていたことさえ、大半の読者は知らないと思う。

内容はタイトルそのままに、地方に暮らす僕が東京滞在時に知り合いの家を泊まり歩いた、2016年から2018年にかけての実録エッセイ。いかにも企画モノのように思われそうだが、実際には、経済的な理由から東京の事務所を引き払わなければならなくなった僕が、どうしたら節約できるかを考えているうちに、人ん家に泊めさせてもらおうと思いついたのが発端だった。

これはいいアイデアだと思ったところでハタと気づいたのが、ずいぶん長い間、人ん家に泊まっておらず、泊り方を忘れているという事実だった。社会人だとそういう人が大半ではないだろうか。

学生時代の、まだ何者でもなく、守るものも隠すものもなかったころは「単なる部屋」だった空間に、「その人のプライベート」が貼りつき、それを観たり見られたりすることが恥ずかしい感じがあるのだ。オトナになるにつれて人と人との「一緒にいられる」距離が広がり、それ以上の接近を好まなくなってしまった。そして、そのことを誰もヘンだとは思わなくなっているのが「いま」ではないだろうか。

友人のところに泊めてもらう「民泊」は、外では仮面をかぶっていくらでも取り繕えるお互いの内面が否応なくあぶり出し、"安全地帯"をキープできなくする装置ではないだろうか。そのとき、いい年をした僕たちはどんな反応をするだろう。これ、やってみる価値があるのでは? 
僕はこの思いつきに興奮し、実行に移すことを決めた。なんというか、まあ、自分が人見知りで社交性に乏しい男だというのを忘れるくらいには勢いってもんがあった。

……というふうに、おずおずとヤドカリ(宿借。ビジネスではない「民泊」)を始めてみたら、なんだかおもしろいのだ。こっちは泊り方を忘れているし、相手は泊め方を忘れている。僕は相手の好意にどのように応えたらいいのか。お礼をするべきか。それとも、気をつかわないほうが相手も気をつかわずにすみそうだから、気をつかってない感じのふるまいを心掛けるほうが結果的に気をつかえているって話になるのか…面倒くさいよ!

もちろん泊めてもらえるかどうかは相手次第。親しい間柄の人でも「それはちょっと…」とやんわり拒否する人もいた。はっきり言いにくい人はこうだ。「本当に困ったときはきてもいいよ」。これは、きてほしくないということである。

そんなふうに始まった「民泊」が、それからどうなっていったのか。いろんな人のところに泊まったいくうちに、自分でも想定していなかった展開が待っていたのだ。
東京の郊外でひとり暮らしをする妻の母親(僕にとっての義母)のところへ、結婚後25年近くたって初めて単身で泊めてもらったことをきっかけに、身内でありながらお互いをよく知らなかった義母と義理の息子(僕)の距離が、じりじりと縮まっていくではないか。その一方で信州・松本の自宅では、思春期を迎えつつある娘との関係が微妙な時期を迎え……きりがないね。
『別冊文藝春秋』連載中は、同時進行で書いていたこともあって、毎回悩みつつ、真剣そのものの顔でキーボードを打っていた記憶がある。1冊にまとめてみるとむしろ楽し気に読めてしまうのは、刊行のタイミングが、コロナ禍の最中であることとも関係があると思う。

ステイ・ホーム生活がもたらした「ソーシャル・ディスタンス」は一時しのぎの実用的な行動様式であるはずだけど、僕たちの日常に根を下ろしそうな気配だ。自分のことながら、遠い世界の話を読んでいる錯覚に陥る。
でも、遠慮したり自問自答したり、ギクシャク、よたよたしながら、人との関係をおもしろがれる生活を捨てたくない。いまだからこそ強くそう思う。
大好きな吉田拓郎の『どうしてこんなに悲しいんだろう』に耳を傾け、<やっぱり僕は人にもまれて みんなのなかで生きるのさ>という一節に深く頷くのだ。

*よかったら、巻頭部分を読んでみてください。ここで立ち読みできます。
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