これまでに書いた本を記しておくと、「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」「裁判長!これで執行猶予は甘くないすか」「裁判長!おもいっきり悩んでもいいすか」「気分はもう、裁判長」「ぼくに死刑と言えるのか」「おっさん傍聴に行く」「傍聴弁護人から異議あり!」「恋の法廷式」。「恋の法廷式」は文庫オリジナルだったので、「なぜおに」は6年ぶりの単行本となる。
思えばたくさん傍聴してきたものだが、僕の本に他の傍聴本と異なる特徴があるとすれば、取り上げる裁判のほとんどが、一般には知られていない小さな事件であることだろう。
今回は、連載したのがプレジデントオンラインだったため、ビジネスマンに関連する事件書こうと考えた。だが、当然ながら"ビジネスマン裁判"なんてジャンルは存在しない。該当する事件かどうか判断するには、事件の経緯を聞き込む以外の方法がない。効率、ものすごく悪い。ときには、これはという事件に出会えず、過去の傍聴ノートを引っ張り出して書く、というようなこともあった。
しんどいなあ、やめてしまおうかなあと何度か思ったのだが、3年近くも続けたのは理由がある。僕はいわゆるネットメディアに連載持つのが初めてだったので、書いたものがヤフーなどに転載されて多くの人の目に触れるという広がり方も初体験だった。そういうところにはコメント欄のあるものもあり、読者が感想を書き込めるようになっている。朝アップされた記事を午後見ると、数百のコメントがついていたりするのだ。
みんな好き勝手なことを書き込んでいて、なかには筆者を罵倒するコメントもあるが、「こういう反応があるのか」と、ネットメディアビギナーの僕にはうれしく、興味深いものだった。多くの方が読んでくれたことが書籍化への後押しになったのは間違いない。
連載時はその月に傍聴した事件を書くケースが多かったが、書籍化にあたり、構成を変えている。
第1章の<ビジネスマン裁判傍聴記>は、お金編、女・酒・クスリ編、小事件編、情欲編、被告人を助ける人々編
第2章の<法廷の人に学ぶビジネスマン処世術>は、被告人(表情・外見)編、被告人(言い訳・答弁)編、弁護士編、裁判長編、検察その他編
表題のおにぎりを万引きした元公務員は第1章の小事件編に登場する。いやもう本当に聞いていて切ないというか、世の中の理不尽に目頭が熱くなる傍聴体験だった。もちろん「コイツ、悪い奴だなあ」と怒りを覚える被告人も登場するが、本書に登場する"やっちまった"被告人の多くは、どこにでもいそうな人たちである。犯罪から遠い場所にいそうな人たちが、まさかの被告人になっているのだ。
収録された文章は、法廷でのやり取りをもとに、僕の意見や感想を交えて書いたものだ。もしほかの人が同じ事件を傍聴したら、まったく別の意見になったということも十分あり得る。その意味で、「なぜおに」は僕という人間を映す鏡にもなっているのかもしれない。