2019年8月1日木曜日

北尾トロ仕事帖2019年7月 18きっぷには青春の匂いが

松本から実家のある北九州市の門司港まで18きっぷで行ってみた
中央本線

姫新線
津山、初めてだったけど気に入った。ホルモンうどんもうまかった。
中川カメラマンが名古屋から合流してくれた
もうちょい!
ゴールの門司港駅
僕が学生の頃、青春18きっぷはまだなくて、
貧乏旅行をするときは
周遊券というのを使っていた。
国鉄がJRに変わると廃止され、
周遊きっぷなるものが登場したが
それもいまは全廃されている。
周遊券は急行にも乗れたし、使える日数も
長くてよかった。当時、毎年のように3月になると
北海道に滞在することができたのも周遊券あればこそだった。
青春18きっぷは、10年ほど前に
山形県への一人旅が印象に残っている。
僕は藤沢周平ファンで、周平のふるさと鶴岡市へ
周平の作品を読みながらにじり寄っていく旅というのを
やってみたかったのだ。
あれはそこはかとなくオモロイ試みだったなあ。
ひんぱんに利用するほうではない。
今回は「danchu web」の仕事。
18きっぷを使って"実家メシ"を食べに行く企画だった。
依頼された理由は、たぶん僕の実家が福岡県北九州市だからだろう。
松本から九州まで(最短で940キロ)鈍行で行くというのが
編集者のSっ気を刺激したに違いない。
気軽に引き受けた後で調べてみたら
松本を始発で出て休憩無しで乗り継いでいっても
当日中には門司駅までしかたどり着けないのだ。
2日がかりで行くしかない。
どこかに泊まる。メシも食う。
でもって、ヘロヘロになって実家に着き、
還暦超えした息子がおふくろの味にありつくのである。
詳しくは原稿に書くが、
松本ー津山までの初日、
津山ー門司港までの2日め、
両日とも移動時間は11時間ほどあったのだけど
まったく退屈知らずで過ごせた。
車窓ということばを久しぶりに思い出したもんなあ。
あと、電車旅といえば駅弁みたいなイメージがあるけど
あれはもう幻というか、新幹線旅の光景だね。
ローカル線に乗ってみると、ホームに売店などほとんどないし、
構内でのさばっているのもコンビニばかりで
土地柄を感じさせる食べ物は発見も難しい。
しかしまあ、のんびり移動することの贅沢さを再確認。
若い頃はスピードに憧れていたが、いまは
時間の贅沢こそが"贅沢界"の王者だと思っている。
九州からの帰りは「のぞみ」に乗ったんだけど
単なる移動に思えてつまんなかったなあ。
ほかでは、連載記事の書籍化作業、
『青春と読書』で連載する
"猟犬猟師と、いざ山へ。"の
初回原稿なんかもあって
机にかじりついてる時間が長かった。
雨が多かったし、スカッと晴れた初夏の信州を
かっ飛ばす楽しみが味わえなかったねー。
単行本は9月後半、『青春と読書』は
8月末ごろ発売になる予定であります。

ベイエフエムの「キュリオスハマジ」で
浜島直子さんと
TokyoFM「Blue Ocean」で住吉美紀さんと

今月のピカイチは新御徒町「幸楽」

<原稿>
ビジネスマン裁判傍聴記単行本用加筆
(プレジデント社)
町中華タウン大船アタック大作戦
(sora de ぶら~ん 湘南モノレール)
ヘンケン発掘ラボ 第9回
"消極的"な人の能力を"積極的"に評価する
神戸大学国際文化学研究科准教授 西田健志氏
(ラジオライフ 三才ブックス)
ヘンケン発掘ラボ 第10回
赤ちゃんの正義感が世界の平和を保つのだ
追手門学院大学心理学部 准教授 鹿子木康弘氏
(ラジオライフ 三才ブックス)
そして人生は続く 第6回
(法学セミナー9月号 日本評論社)
トロイカ学習帳 第137回
書く~読むを繋ぐ出版"ひとり"リレー
楽しい孤独を探しに行こう!
(ダ・ヴィンチ9月号 KADOKAWA)
猟師がつくる郷土料理は"和のジビエ"満載だ
(狩猟生活vol.5 山と渓谷社)
ジビエは地域を救えるか~徳島県三好市の挑戦
(狩猟生活vol.5 山と渓谷社)
新連載 猟犬猟師と、いざ山へ。 第1回
(青春と読書 集英社)
町中華探検隊がゆく!第47回 
(散歩の達人9月号 交通新聞社)
北尾トロのビジネスマン裁判傍聴記 第39回
(プレジデントオンライン)

<ラジオ>
・「キュリオスハマジ」(bayfm)
・「Blue Ocean」(TOKYOFM)
・「北尾トロのヨムラジ」(FMまつもと)

<受け取材>
・新連載インタビュー
(青春と読書 集英社)

2019年7月1日月曜日

北尾トロ仕事帖 2019.6月 まじめに新刊プロモーションやってみた


吉岡信洋くんお別れ会にて。(後列)杉江松恋、とみさわ昭仁、
(前列)伊野孝行、北尾、あきやまみみこ、新保信長、犬んこ
レポTVはえのきどいちろうと僕、そしてヨシオカが
レギュラーでやってた番組だった
宮田珠己さんと町中華取材
神保町「康楽」ラストアタック
ダンチューでフレンチに
ダ・ヴィンチ取材にてカメラのハラダ
「法学セミナー」へた絵
2019年6月
『夕陽に赤い町中華』が上旬に発売。
本は放っておいて売れるご時世ではなく、
初版部数も多くはない。
新聞広告などの効果も以前ほどでは。
最近は、本を書いて終わりにしないで
プロモーション活動も熱心にやる著者が増えている。
僕はこれまで、せいぜいトークイベントを行うくらいで
あとは声がかかるとラジオ番組に出たりするだけだった。
でもまあ自分の本なんだし、売れないとガッカリだし、
今回はプロモーション活動を
やれるだけやってみようと思い、
イベント、ラジオ出演、雑誌インタビューなど、
くる話を全部受け、マメに上京の6月となった。
ただ、的確な方法なのかどうかはわからない。
これは多くの書き手がやってる方法をなぞっているだけかもしれず、
これで売れるなら苦労はしないと言われそうだ。
もっと、いまにふさわしいプロモーションの方法が
あるような気もする…。

上京4回、11泊と書けばさほどとも思えないが、
松本でも取材やラジオのレギュラーがあるから、
原稿書いてる時間がどんどん削られてしまう。
まとまった仕事は7月以降に締切を
延ばしてもらってるし。
では、それがつらいかというとそうではない。
僕はナマケモノなので
ヒマならヒマでぼんやりし、やはり書けない。
ちょうどいい忙しさってどのくらいなんだろう。
てか、東京でも書けよって話か。
7月はPC抱えて上京だな。


<原稿>
そして人生は続く 第5回
(法学セミナー8月号 日本評論社)
ヘンケン発掘ラボ 第8回
21世紀の調味料は塩・コショウ・電気!?
デジタルフードエンジニア中村裕美氏
(ラジオライフ 三才ブックス)
豚コマでフレンチ
(danchu 8月号 プレジデント社)
町中華探検隊がゆく!第46回 
(散歩の達人8月号 交通新聞社)
トロイカ学習帳 第136回
最終ページの先にお楽しみが待っている!?
キョーレツ読書体験が人を動かす!
(ダ・ヴィンチ8月号 KADOKAWA)
北尾トロのビジネスマン裁判傍聴記 第37回
(プレジデントオンライン)

<イベント>
・夕陽に赤い町中華発刊イベント(東京堂書店 ゲスト田内川真介、6.03)

<受け取材>
・夕陽に赤い町中華インタビュー(サンデー毎日 毎日新聞出版)
・夕陽に赤い町中華インタビュー(夕刊フジ 産経新聞社)
・夕陽に赤い町中華インタビュー(週刊プレイボーイ 集英社)

<ラジオ>
ACTION(TBSラジオ MC武田砂鉄、6.14)
大竹まことゴールデンラジオ(文化放送 6.25)
「北尾トロのヨムラジ」(FMまつもと)

2019年6月17日月曜日

北尾トロ仕事帖2019.5月 ヨシオカがいなくなった

「夕陽に赤い町中華」(集英社インターナショナル)

[北尾トロ仕事帖2019.5月]

僕の個人事務所は4月決算なので、5月は年度初めの月である。
なぜかわからないが、例年、のんびりスタートするパターンで、おかげで畑仕事にも時間が割けるというわけだ。まあヒマってことですね。遊んでいる余裕はどこにもないんだけど、こういうものだとあきらめると気が楽だ。フリーランスは山あり谷ありが普通。ヒマだ~忙しくて大変だ~と騒いでもなんにもなんない。出版業界の先行きなんて不透明もいいところだから、ライターは、書くのが好きとかいう以前に、安定志向の人には向かない職業だ。

そんな具合にのほほんと暮らしている僕に、友人のえのきどいちろうからのLINEが入ったのは5月21日(火)の夜だった。ヨシオカと連絡が取れないが何か知らないかという (下へ)




ヨシオカはマメな男だから、LINEメッセージを送ったのに既読にならないのは妙である。僕も電話してみたが、留守電になっていた。心配だ。ツイッター、FBもここ数日投稿が途絶えている。そして翌23日、ヨシオカの友人が自宅へ赴いたところ、部屋の中で永遠の眠りについていたことがわかった。解剖の結果、死因は心不全とされたが、一体何が起きたのか真相はわからないままだ。

ヨシオカこと吉岡信洋との出会いは2011年のことになる。当時僕はノンフィクション雑誌『季刊レポ』を編集発行しはじめたところだった。事務所が西荻にあり、雑誌ができると執筆者などが集まって発送作業をするようなインディーズ雑誌だったが、2010年の創刊以降、日々目まぐるしい展開の中で右往左往しながら過ごしていた。雑誌の存在をアピールしたいのと、新しいメディアとしての動画配信に興味があって、ユーストリーム番組で『レポTV』というのを友人で執筆者のひとりでもある、えのきどいちろうと始めることに。どうせやるならというので、毎週放送しようと決めた。
ヨドバシへ行って安物のウェブカメラとマイクを買い、最初の放送をしたときだったか、ヨシオカが連絡してきたのだ。画像も音も不安定であると書かれ、電話番号が添えられていた。それで確か番組中に電話をし、手伝いに来てほしいと頼んだら、翌週やってきた。それが最初だった。えのきどさんとは過去にやり取りをしたことがあるらしかったが、会うのは初めてだという。僕はこの流れは面白いと思い、フリーのラジオマンであるヨシオカに協力を仰ぐことにした。こうして吉岡信洋は、"技術のヨシオカ"という名称でレギュラースタッフになったのだ。

ヨシオカはマニアックなラジオファンであり、熱心なえのきどいちろうファンでもあった。えのきどさんの前では少し緊張気味で、そのことをからかうと「あたりまえじゃないすか。えのきどいちろうですよ」と少し怒ったりした。じゃあ僕はどうなんだと詰め寄ると「トロさんはまあ、その調子でいいです」と口を濁すのだった。番組トークに関し、ヨシオカからほめられたことは一度もなかった気がする。
『レポTV』に報酬はない。それどころか交通費も自腹である。えのきどさんも僕もそうだったので、助っ人のヨシオカだけ特別扱いするのはなしだろ、と僕は勝手に決めてしまった。『レポTV』は雑誌がなくなっても月イチの放送とかで続いた。200回は軽く超えただろう。少なくとも、2011年から16年にかけて、家族以外でもっともひんぱんに会っていたのは、えのきどいちろうであり、ヨシオカだった。
最後は2018年初頭だったか、小岩の「クラフト酒店」2階で収録したのだと思う。東日本大震災直後もやったし、被災地の仙台「火星の庭」からも放送した。ヨシオカの尽力でラジオ福島に出演したこともあった。雑誌が終りを迎えるとき、終えることも当然考えたけれど、ヨシオカに却下された。

気がつくとヨシオカはレポ関連のイベントを放送するしないに関わらず収録するようになり、宴会部長として底なしの飲みっぷりを発揮し、僕と下関マグロが町中華探検隊の活動を始めてからは広報を担当。えのきどさんのツイッター中の人も買って出るなど、プロ裏方というか(無報酬だけど)、独自の動きを見せるようになっていた。そういうのが好きな男だったのだ。いつもそば(背後)にいて、あれこれ世話を焼いてくれる。僕だけではなく、いろんなところで親切に、自分の技術と経験を提供していた。

そのヨシオカが急に視界から消えてしまった。
亡くなって数日間、予約配信された情報がツイッターにアップされるたび、僕は「ヨシオカいるじゃん」と叫びそうになった。でも、もういないのだ。天に還ったのだ。僕はとうとう最後までヨシオカの好意に甘えっぱなしのまま、唐突に別れの日を迎えてしまったのだ。
あのなぁヨシオカ、こっちは気持ちの持っていきようがないんだよ。挨拶くらいしてからいなくなれよ。(下へ)
ラジオマン吉岡信洋(享年46)
撮影/濱津和貴
30日、川崎市の火葬場にはレポの関係者もたくさん集まった。みんな口々に信じられないと言い、でも事実なんだと肩を落としていた。
人は簡単に死んでしまう。19歳のとき、夕方には元気だった父がその夜亡くなる経験をしてから、そういうものだということはわかっているつもりだ。だけど、いつまでたっても慣れることはできない。慣れたくもない。

いなくなったヨシオカが僕になにかいうとしたらなんだろな。
「オレ、もう無理っすから、そろそろ自分のことは自分でやってくださいよ」とかかな。
「わははは、ったくもう、しっかりしてくださいよ~」
あの豪快な笑い声が耳にこびりついて離れない。

[今月の仕事]
                 <原稿>
そして人生は続く 第4回
(法学セミナー7月号 日本評論社)
ヘンケン発掘ラボ 第7回
雷光に魅せられてテスラコイルへ
つくば科学株式会社代表 菊地秀人氏
(ラジオライフ 三才ブックス)
裁判員裁判は定着したのか?
(ビッグコミック 小学館)
トロイカ学習帳 第135回
長尺、難解、マニアック…
手強い本は"分担読書"で突破する!
(ダ・ヴィンチ7月号 KADOKAWA)
町中華探検隊がゆく!第45回 
(散歩の達人7月号 交通新聞社)
北尾トロのビジネスマン裁判傍聴記 第37回
(プレジデントオンライン)

<受取材>
・町中華インタビュー(メシ通)

<ラジオ>
・「北尾トロのヨムラジ」(FMまつもと)